W N T R A S A P

He who waits for winter, storing nothing

Misfits

踏みごこちがない日々のなかで
浮遊する現実感のない気持ちや
体を離れて遊んでいる意識たち
ゆうれいや天使のようなもの

(コバヤシフミカ『ミスフィッツ』)

「それ」がインスタストーリーに初めて姿を現したのは2018年の6月頃で、以降たびたびフミカさん(fumika kobayashi)のアカウント上に出没するようになった。「それ」にまだ名前が付いていなかった頃、フミカさんに「あの妖精みたいなキャラクターの絵、いいですね」と伝えたら、本人はそれを「天使のぬけがら」のようなものと形容していて、聖なるものなのか否かよく分からないその言葉の響きが強く印象に残っている。ぬけがらと呼ばれるにふさわしい不定形な輪郭をもち、ぼんやり発光して見える「それ」は、様々な風景のスナップ写真の上にインスタのペンツール機能で描かれている。この光るペンツールの書き味がなんか変なんですよ、と教えてくれた。フミカさんは他にも、画像に同じフィルター処理を何重にも掛けて観察したり、コンビニのマルチコピー機に周りの景色をスキャンさせたりして妙な作品を生み出している。これらに共通するのは、既存のツールをハックして本来の用途を逸脱し、エラーの中から興味深いものごとを見つけ出す好奇心や探求心、ユニークな着眼点であると思う。とりわけ「それ」には、最初からキャッチーな魅力があった。24時間経つと消えてゆくストーリーの時空間上で「それ」はじわじわ増殖していき、2年以上が過ぎてようやくフミカさんが「それ」にミスフィッツ(Misfits)という命名の一撃を与え、半透明のカードの表面に出力するというメディウムに辿り着いたのを知ったときは、パズルが目の前で完成するような感動を覚えた。英単語の意味を知らなかったらぜひ調べてみてほしい。ある時間・ある場所の断片に脱ぎすてられた虚ろな存在=ミスフィッツたちが、その虚ろさを毀損することなく受肉に成功したのである。こんなに感動的なことがあるだろうか? 現在、ミスフィッツはあまり見たことない形式のZINEとして頒布されている。透明のコインケースのような容れ物に、短冊状の半透明のイラストカードが50枚収められている。フミカさんはとうとうZINEという概念もハックしてしまったのだろう。

 

Dotour

明けない夜は無いとしても、ゴーストタウンの朝にドトールは開店しているのだろか

(梢はすか、2020)

10月末の仕事帰り、円山町のユーロライブでコントライブを見たあと渋谷駅に戻るために通り抜けできる商業施設を歩いていたら、タリーズコーヒーがまだ営業中だった。街が、コロナ禍以前の様子を少しずつ取り戻していた。それで今朝妹のツイッターを覗いたら、なまやけさんが「仕事終わりに映画観てもドトールやってるの泣きそうになる」と呟いていたので、心底同意した。ある層にとって、チェーン喫茶が店を閉めた街というのは、生活をひっくり返す異常事態そのものである。中でもドトールはもっとも庶民的でなじみ深い店名といえるだろう(ブレンドコーヒーの値段がその店の敷居の高さと同義であるが、ドトールより安い店はベローチェくらいだ)。冒頭で引いたものを含め、2020年の3月から4月にかけての自分のツイートを編んだものが今も残っている。たしか作家の樋口恭介がそういう作文をnoteでやっていて真似したんだったと思う。それを読み返すと、自分はインドア気質だからべつに自粛期間も精神を病むようなことなんてなかったような気がしているけど、しっかりイラついていた様子が克明に記録されていて面白い。フィルターバブルの泡風呂に首まで浸かったご意見番気取りとバトったりした。当時イラついた事案どもがツイッター上では一生解決しないと思い知ったので、アカウントはもう妹に譲ってしまった。ツイッターという環境はどうやら、逆接を二つ以上含むような難解な文章を理解する力をユーザーから奪うらしい。

 

Comma

やがて二人はほとんど同時に目を覚ますとベッドの下に脱ぎすてたシャツとブルー・ジーンをモゾモゾと着こみ、一言も口をきかないまま台所でコーヒーをたて、トーストを焼き、冷蔵庫からバターを出してテーブルに並べた。実に慣れた手つきだった。

村上春樹1973年のピンボール』、13頁)

読点の打ち方はむずかしい。それも、自分じゃない人が書いた文章の読点を調整するのは、ものすごくむずかしい。検索すればすぐに、5つのルールとか7つのルールが出てくるが、そこにある例文をいくら応用しても到底対応しきれないケースばかりである。よく聞くのが村上春樹は読点を打つのが巧いという話である。しかし、これまで村上作品をあまり読まなかったので、ピンとこない。『1973年のピンボール』をパラパラと捲ってみる。今年東京に来てから買った文庫本。アマゾンで注文したら、次の日には郵便受けに入っていた、薄い文庫本。